【講座感想】「やまゆり園事件から10年、社会は変わったのか」(成田洋樹さん)を受講して#2026年U30第3回
以下の講座を受講した琴向芽さんの感想です
2026年度「ふぇみ・ゼミU30」社会を変える一歩を踏み出すインターナショナル・フェミニズムゼミ
第3回 9月16日(水)19:00~21:00 成田洋樹さん
「やまゆり園事件から10年、社会は変わったのか」

今回お話いただいた成田洋樹さんは、2016年7月26日に起こった津久井やまゆり園での殺傷事件以降、「自らが差別する側にいる」状況を変えていく必要性を感じ、事件の背景にある全体像にスポットを当てた取材を続けられている。社会の反応が「心構え」や「個人の意識」に矮小化され、どこか他人事のような、あるいはすでに忘却されつつあることに強く警鐘を鳴らしている。
社会にあり続ける問題の構図や課題などのお話に共感しつつ、また、自身が関わってきたたくさんの方々を思い浮かべつつ聞いていたが、中でも印象に残った言葉があった。誰もが地域で学び、生活することができるようになるために、「脱施設・インクルーシブ教育の推進が必要。でも、多くの方がそれを求めていない」、というものだ。
私は普段、障害がある当事者を中心に、地域でだれもが自分を生きることのできる社会を目指す「自立生活センター」という団体で活動している。日々の活動の中で、「脱施設」「インクルーシブ教育の推進」という言葉を思い浮かべない日はないほど重要な課題であり、今年6月に行われた全国自立生活センター協議会のセミナーでは、誰もが地域で生活できる社会を見据えた「脱施設ロードマップ」が示されてもいた。
一方、子どもの人口は減っているにも関わらず、特別支援教育を受ける子どもの数は増え続け、依然として入所施設の待機者が何千、何万人といるという現状は目の当たりにしており、まだまだ共生社会の実現には程遠いということを感じてもいる。
そのため知っていることではあったのだが、津久井やまゆり園で起きた事件以降、取材を続けながらたくさんの方々と出会い、やり取りを重ねられてきた成田さんからの「多くの方は望んでいない」という言葉によって、改めて現実を示されたように感じられた。
どんなに障害当事者が声を上げて働きかけても、関心のない人々には届かず、能力主義・効率性を重視する社会においては簡単につぶされてしまいかねない。脳性まひ者の当事者団体が活発に活動する一因にもなった、家族による障害がある子殺しは、50年以上が経った今でも起こっている。今年7月のやまゆり園事件追悼集会において、日比谷公園から東京駅にかけて「分ける教育はもうやめよう」などと叫びながらアピール行進をした際に、道行く人には私たちの思いが届いているのだろうかと、まさに思ったことでもあった。
では、個人の意識やうわべだけの多様性にとどまらず、現在の社会構造をどのように問い直し、変えていくのか。成田さんは、「差別をする側にいたくない、社会を変えていきたい」という思いをともにする人たちが、少しずつ連帯しながら、その小さな積み重ねを繰り返していくことが大切だとお話されていた。
一方、障害者運動に携わってきた人が、団体が、これまで「健常者(マジョリティ)」の文化、社会に近づこうとするが故に見過ごしてしまった差別構造、あるいは現に省みなければならない他者の人権を踏みにじる言動も少なからずある。見落としてきた視点が少なくないことを、在日朝鮮人である自分自身が日々感じることもあるほか、終了後の懇親会において気づかされたこともあった。互いに気づき、やり取りを重ねていくことが、社会を変えるつながりを作る小さな一歩となっていくのである。社会にある分離や排除、差別にいかに気づいていくことができるか。その引き出しを少しでも増やすべく、今後も学び、話し合いを重ねていきたいと思った。


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