【ゼミ生の感想】飯野由里子さん講座「虹色の新自由主義―承認をめぐるジレンマ」#2025年度U30第8回

【講座を受講したゼミ生の安田恵実さんからの感想です】

 2025年度ふぇみゼミU30向け講座の最終回となった今回は、ふぇみ・ゼミ運営委員の飯野由里子さんが、クィアの視点からLGBT+運動の歴史と現在地をたどった。講座では、1970年代以降、運動の指標や戦略がどのように変化してきたのかが整理され、2026年に最高裁で審理される「同性婚」訴訟にも焦点が当てられた。社会的承認を求める過程で、何を見失ってきたのかを考えるきっかけとなった。

当日の講座の様子

 まず、「クィア」が既存の権力構造や「普通(ノーマル)」の規範を問い直す視点として紹介された。そのうえで、運動の「脱政治化」が取り上げられ、日本のLGBT+運動においてそれがどのように現れているのかが、具体例を交えながら考察された。私自身、複数の団体を行き来しながらLGBT+運動に関わるなかで、保守層や資本に受け入れられやすい枠組みへと運動が収まっていくと感じることが多く、頷きながら話を聞いた。

 私の世代は、社会運動に関わり始めた時点ですでに新自由主義が根付いていたため、それに違和感を覚えたとしても、それが「当たり前」ではなかった時代を知らない。講座では、2000年代の日本のLGBT+運動には、まだ反権力・反体制の色彩があり、国家主義や家族主義への警戒感も存在していたことが示されたことに、運動の変化を実感させられた。飯野さんの話を通して、歴史を振り返りながら現在を捉え直すことの重要性をあらためて感じた。

 講座で特に印象に残ったのは、2010年12月の石原慎太郎東京都知事(当時)によるセクシュアルマイノリティへの侮蔑的な発言と、それに対するコミュニティの反応だった。この発言に対して、抗議集会で「私たちもちゃんと税金を払っている市民です」と、税金を払っていない人は差別をされても仕方がないと捉えるような発言をした方がいて、運動内部から即座に批判を受けた。この話を聞いて、私はかなり驚いた。けれど、驚いたのは知事による侮蔑的な発言や、当事者の問題発言ではなく、それに対して運動内部から批判の声が上がっていたことだった。

司会の安田恵実さんと講師の飯野由里子さん

 飯野さんが指摘したように、いまのLGBT+運動では、その言葉に反発する人はかなり少ないと思う。実際、私は同様の発言が平然と語られる場面を、何度か見聞きしてきた。また別の機会には、私が外国籍であることを前提に、運動に携わっている方から「投票権がないのは残念だけど、税金を払わなくていいね」と言われたことがある(言うまでもないことだが、外国籍の人にも納税義務はある)。講座を通して今までの経験を振り返りながら、「税を払う市民」であることを人権が尊重される条件にしてしまう発想や、クィア視点が運動のなかからこぼれ落ちることから生まれる排除性の繋がりが見えてきた。

 これから運動がどこへ向かっていくのか、強まる権威主義と高市政権の強権政治のもとで、強い危機感を抱いている。そうした状況のなかで、正直、運動を批判することへの罪悪感はあるが、周縁化されてきた人びとが運動から取り残されることなく、その経験や要求がきちんと位置づけられるためにも、批判があってこそ、運動はよりよいものへと開かれていくのではないか。2025年最後のU30講座となった今回を通して、ふぇみ・ゼミは、自分が感じてきた違和感を言葉にし、運動を捉え直すための道具を与えてくれる場なのだと、あらためて実感した。その道具を手に、これからも運動の場で考え続け、動いていきたい。

ふぇみ・ゼミU30ゼミ生 安田恵実

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